2012年1月5日木曜日

あなたの知らないガリバー旅行記

この本を手に取るあなたへ
もしもあなたが純真で無垢な人だと自負しているのであれば、この世界はそれでは乗り切れないことを知る
もしもあなたが皮肉屋さんでシニカルな人であるならば、18世紀の一流の皮肉のスピリッツを知る
もしもあなたが幼い頃にカジった程度であるならば、大人の視線での読み方があることを知る

阿刀田高、古典鑑賞読本出版順で言えば3冊目に当たる
私の読んだ順で言えば8冊目にあたる(はず)
ギリシア神話、古事記、旧約聖書、新約聖書、シェイクスピア、ホメロス、アラビアンナイト
もはや古典解説書は阿刀田高のライフワークと呼んでも差し支えないだろう。
分厚い原作や敷居の高い古典を、比喩などに代表されるように現代に置き換え、咀嚼することで、「イメージしやすく」私たち読者の前に提示してくれる。

今でも「ギリシア神話を知っていますか」は秀逸な一冊で、購入すればその時だけ読み、読み返すことの少ない私が4度ほどは読み返している名作だし、Best of Bestの入門書。
西洋の世界への扉を開いてくれた一冊だ。

それに比して言えば、「あなたの知らないガリバー旅行記」、導こうとする話が脱線しまくるし、脱線の幅が大きい。
ということは阿刀田高はこの古典を咀嚼する過程で相当難儀な苦労を重ねたではなかろうか?
「締切を過ぎているけどまだ執筆中」、のような泣き言が交じっている章もあるし。
話が脱線する分だけミステリー小説家阿刀田高の小説創作のコツ、ノウハウが散りばめられており、「なるほどそうやってあのブラックユーモアは出来上がるんだなぁ」と頷首しながら読む。
何に対しても興味を持ち、疑問を持ち、自分が見ていないもの、触っていないものに対して「本当かな?」というスタンス
そこから幾つかのネタを繋ぎ合わせて、組み合わせていくことで、読み手が「ああ、そうそう」と納得性の高い「承」が出来上がり、「ええ~~~~っ」という驚天動地の「転」「結」が出来上がる。

西洋の物語にはあまり親しんだことがないのだが、ガリバー旅行記は小学校三年生か四年生の頃に読んだ記憶がある。
泣き祖父からのプレゼントだったのか、それとも母親あたりからのプレゼントだったのだろうか。
小人の国に行って、髪の毛を杭に打ちつけられているイラストが記憶の一片に残っているだけでその小人は日本人だということを後年になって別の書籍かムック本で眺めた記憶もある。
ガリバーが何のために旅行に出たのか?故郷に帰れたのか?
序の部分も、結の部分も全く記憶に残っていないのは一に私の記憶力が乏しいこと、二に私の読解力が弱いこと、そして三にスウィフトが「起」「結」にはさほど熱心ではなかったからなのではなかろうか?ということに行き当った。

「ないない尽しの国」で、極楽はイメージしづらいのに比して地獄のイメージのしやすさの話を「なるほどなぁ」と思いながら読み進めた。
ガリバーが行ったフウイヌム国を想像したスウィフトという人は世捨て人の側面もかなり強かったんだろうな。
例えばFacebookで友人申請しても彼の性格からして拒否されるだろうから友人になれそうもない。
......ただ、スウィフトの性格、ひねくれた時の私の性格と良く似ているんだよな。

以下目次
小人国の風景
卵はどこから割るか
グロテスクな女体
もし教育の国へ行ったなら
百科全書の作り方
人は死すべきもの
孔子は七十になって馬になる
ないない尽しの国
読心家具はいかが
死とともに消ゆ
貧しい人に愛の手を
白いときには黒を言う

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