2013年11月3日日曜日

ゴーストエージェントR.I.P.D

原題「R.I.P.D」


誰もこう言う
「ゴーストバスターズ」と「メン・イン・ブラック」を足して2で割ったような作品だと。
キャッチコピーでもほぼ同じようなことを掲げているようだ。

私もそうなのかなぁ、とか思っていたけれど、フッと80年代に公開された「ハワード・ザ・ダック」を思い出している。
この2人が
何がどう似通っているのか、通じているのか、どうにも他者に適確に説明できないけれど、「ノリ」っていうものが似通っているよなあ、と。

真面目にコメディを撮影し、真面目に演じるハリウッドに脱帽する次第。
邦画だと、このあたりは演じ手も撮影者もどこかしらに「照れ」を感じながら撮影されているように感じるのだが、今作の主演2人及びそのアバター、撮影者も照れを排除して演じ、撮影している。
保安官のアバターである美人モデルがタクシーの窓にグチャっと衝突するシーン、実に素晴らしい!


現世に生きる我々には
こう映る
というギャップが表現しきれてない
ただ、この作品が思うほど大ヒットに至っていない。
その主たる要因はゴーストエージェントとアバターのギャップを鑑賞者にうまく伝えきれていないことに尽きるんだと思う。
ゴーストだろうが、エイリアンだろうが、ゾンビだろうが、エージェントが逮捕する相手は誰だっていい。
何せ、西部開拓時代の保安官のアバターは性も変わった21世紀のモデルになっていることがミソなんだから。
何せ、エリート白人刑事が、アジアのサエない老人になっていることがミソなんだから。

道行くナンパなニイチャンが、モデルを口説いてきているけれど、観客には道行くナンパなニイチャンは保安官に♥な目線で迫っている。

白人刑事のギャップは現世での妻とのコミュニケーションでギャップを伝えることはできていたんだけど、ね。
そこは笑いどころではなくて、切なさが垣間見えてしまったから、観客としてはノーテンキにゲラゲラと笑えないんだよね。

つまり、本筋と関連することでないシーンを活用して、ギャグにしたギャップの表現があればねえ。
この表現が盛り込まれたシーンがを用意してくれんかな。
クスクスとさせるシーンをドッカーーーンとメインに据えて観客に食べさせてくれたら、館内は爆笑の渦に包まれるのに。
そこを小ネタ系で演出しているのがとっても勿体ないと感じる。




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