2012年6月21日木曜日

新・平家物語 御産の巻


鹿ヶ谷の陰謀の顛末
多田行綱の存在、今も昔も得てして陰謀や極秘協議の機密が漏れていく原因。
そしてこの手合いの人物は栄光の極みを獲得するか、塗炭の苦しみを味わうかのどちらかに二分される。

鹿ケ谷の陰謀にて、清盛が処刑したのは西光のみ
あとは流罪、しかも一年で許してしまう輩もいたり、と、清盛の甘さを強調している。
その甘さを吉川英治は好意的に書いている。人間臭い人物だからこそできるのだと。
確かに考えてみれば、そうである。
己を滅ぼそうと企てたヤツを許す統治者は稀である。
対極の存在が織田信長ですな。

都から目を転じて
平泉から熊野へ渡った義経のこと。
どうも義経が平家への叛旗を翻したのは平泉あたりだから、この熊野行きがスッと頭に入ってこなかった。
義経が熊野に行くことで、幾つかの後の物語が通じていく。
弁慶との邂逅がそうだし、更に後の合戦での船戦での義経の戦上手はこの熊野で得たものがルーツとつなげていく。

策士、新宮十郎行家の登場。
自分の息子をにせ義経に仕立て上げ、都を混乱させようと企む。
小事で大事は覆せない、行家の思惑は達せられない。


『本文より』のコーナー

いわば、平家覆滅の陰謀は、平家の外のものではなく平家内部のできごとと彼(清盛)は考えていたのである。
木もあまりに樹齢が経つと虫が喰う。虫が喰った根や枝はこれを切って除くもまた仕方がないと思う。
(408頁)

清盛が福原にのめりこんだ動機の1つだろう。
現在、組織の中心にいて宮仕えさせられている人間にも味のある文章に読める。

都にいると、都の狭さ、うるささがやりきれなくなって来るものらしい。
知るまいとすることまで、見まいと思う些事まで頻頻と波状を描いて人間の複雑な心理と動きを神経に伝えてくる小盆地
(423頁)

ああ、歴史で天災の後に滅びる政権が多いのは、偶然ではなく必然ということか。
ならば、東日本大震災の日本は言うの及ばず、今の世界は滅びへのカウントダウンへ入っているのかもしれないと、厭世的な気分に陥る。

天災人災の連続こそ司権者の致命になろう
(6巻38頁)

およそ一国の支配者の衰運か興隆かには天候の順不順などがそれを左右する大きな力であることも否めない。
「悪いときには悪いことが重なる」という俗言は何か一国の変革にも当てはまるようである
(6巻179頁)

清盛と重盛の文化観の相違点について。
スケールがデカいのは清盛だということ。

重盛は我が家の黄金を~かの地に送って我が身一人の後世の幸福を祈らせたが、清盛は瀬戸内の航路を修し、港湾や市街を開き、幾世紀の鎖国主義を破ってかのちの文化を吸収しようとした。
(6巻147頁)

【収録】
おん猿楽
大野の火放け
鹿ヶ谷始末
西光斬られ
小松重盛
「教訓」の事
鴛鴦吟
鬼界ケ島
俊寛と・やどかり
足摺り
御産絵巻
鳴弦
那智の小机
新宮十郎
一つの白帆
にせ義経
鮫女
大宋水鳥図式
雁の驚き
天のとりふね
江の三郎
とある森蔭
燈籠大臣
みじか夜の門
蓮花の怪
仮住居
平大納言時忠
出た答え
唖蝉
堅田の湖族



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