19年、5作目
三面記事に掲載された事件をクリントイーストウッドがイマジネーションを拡げていったのではないかなと感じた作品。
(事実を忠実に再現したわけではなかろう)
アメリカも日本ほどではないだろうけど、高齢者の独り暮らしが増えていっているのかな。
孤独な老人だからこそ手を染められた犯罪だし。
いつものようにイーストウッドはこの犯罪に対し「良い」とも「悪い」とも主張してこない。
ただ、目の前に裕福さを突き付けられると容易に悪いことに手を染めてしまう人間の性(さが)を淡々と映し出してきた。
一方、この主人公の口の悪さ!
黒人を蔑称で呼ぶシーンに思わずドキリとさせられる。
それにも関わらず、変な安心感。
なんだろう?この鑑賞者に起きる感情は?
と振り返って思うこと。
主人公は黒人は「黒人」としか思っていないだということ。
黒人は汚いとか、劣っているとか、人間ではないとか。
そういう感情をこの主人公には持っていない。
彼が若いときは黒人は差別される存在が当たり前の時代。
時代は移り、白人と同列に扱われる時代になっている。(わたしたち黄色人種も)
そういう時代の移ろいを理解させてくれるだけの存在がクリントイーストウッドの偉大さなんだろうと感じる。
願わくばまたスクリーンでクリントイーストウッドの姿を観たい。
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