「ラベンダー」という単語を聞くと「時をかける少女」と答える同世代は多いだろう、僕はそうだ。
ドラッグストアで芳香剤なんぞ「ラベンダーの香り」と表示されていると、自動的に「時をかける少女」と脳内変換する。
それほどまでに原田知世主演の映画CMは強烈に頭に残っている。
恥ずかしいけれど、少女向けのこの作品をようやく読みました。
映画は1983年くらいじゃなかったかな?(当時中三でした)
時を「超える」じゃなくて、ひらがなで「かける」
クライマックス、ほろほろとしてしまいました。(この年で!)
2015年1月31日土曜日
2013年8月18日日曜日
懲戒の部屋
夏休みに読んだ本の一つ
序盤の3作は、マニュアル車両で例えてみるとロー・セカンド、サード、そしてトップといった感じで、狂気が加速して、ブレーキをかけても止まらなくなるような感覚に陥る。
日常的で誰にでもあるような、ふとした落度のような類から物語は始まる。
あなたのことを言っているわけではないのに、あなたのことを言っているように受け止められて気まずくなった。
いつもと違うルートで電車に乗って、切符を買い損ねた。
痴漢の冤罪。
中でも表題にもなっている「懲戒の部屋」は、痴漢撲滅に向けて過剰なまでのキャンペーン(痴漢を擁護しているわけじゃない)が叫ばれている中、シャレにならない、シャレの物語。
こういう未来が訪れることを予測して、そのとおりの未来が訪れているのだから、筒井康隆は「たいしたもん」だし、本当にリスペクトしてしまう小説家だ。
「顔面崩壊」と「蟹甲癬」(蟹工船のもじりですね)は、描写のグロテスクさと、その考証の正確さに驚いてしまう
感想などをエントリーしているサイトを覗くと、この篇を読み終えることができない人も多いらしく。
それをスラスラと読んでしまう私って、感覚が麻痺しているのかなぁ、と、自分の視覚・知覚・触覚が一般的なレベルから逸脱しているんじゃないかと、心配になってきた。
シュールな怖さが訪れるのは「熊の木本線」
登場してくる住民たちに大きな秘密があるのかと思いきや。
「かくれんぼをした夜」は、年齢を重ねて還暦を迎える頃になってから読み返してみたら、人生の儚さだとか、生への感謝だとかをもっとズシンと受け止められるんじゃなかろうかと思う次第。
≪収録作品≫
走る取的
乗越駅の刑罰
懲戒の部屋
熊の木本線
顔面崩壊
近づいている時計
蟹甲癬
かくれんぼをした夜
風
都市盗掘団
序盤の3作は、マニュアル車両で例えてみるとロー・セカンド、サード、そしてトップといった感じで、狂気が加速して、ブレーキをかけても止まらなくなるような感覚に陥る。
日常的で誰にでもあるような、ふとした落度のような類から物語は始まる。
あなたのことを言っているわけではないのに、あなたのことを言っているように受け止められて気まずくなった。
いつもと違うルートで電車に乗って、切符を買い損ねた。
痴漢の冤罪。
中でも表題にもなっている「懲戒の部屋」は、痴漢撲滅に向けて過剰なまでのキャンペーン(痴漢を擁護しているわけじゃない)が叫ばれている中、シャレにならない、シャレの物語。
こういう未来が訪れることを予測して、そのとおりの未来が訪れているのだから、筒井康隆は「たいしたもん」だし、本当にリスペクトしてしまう小説家だ。
「顔面崩壊」と「蟹甲癬」(蟹工船のもじりですね)は、描写のグロテスクさと、その考証の正確さに驚いてしまう
感想などをエントリーしているサイトを覗くと、この篇を読み終えることができない人も多いらしく。
それをスラスラと読んでしまう私って、感覚が麻痺しているのかなぁ、と、自分の視覚・知覚・触覚が一般的なレベルから逸脱しているんじゃないかと、心配になってきた。
シュールな怖さが訪れるのは「熊の木本線」
登場してくる住民たちに大きな秘密があるのかと思いきや。
「かくれんぼをした夜」は、年齢を重ねて還暦を迎える頃になってから読み返してみたら、人生の儚さだとか、生への感謝だとかをもっとズシンと受け止められるんじゃなかろうかと思う次第。
≪収録作品≫
走る取的
乗越駅の刑罰
懲戒の部屋
熊の木本線
顔面崩壊
近づいている時計
蟹甲癬
かくれんぼをした夜
風
都市盗掘団
2013年8月4日日曜日
ポルノ惑星のサルモネラ人間
副題に「自選グロテスク傑作集」と記載されている。
文章を読み、場面を想像すると非常に気分が悪くなる描写が見受けられる。
セクシャル的なもの、スカトロ系なもの、スプラッター系なもの。
何でもやりたい放題の描写であり、その描写が事実かのように冷静且つ客観的に筆を進める才能につくづく感嘆させらている。
そして、筒井康隆が如何に多数の本を読み、そこからヒントを得てオリジナルな発想をしていることに尊敬の念を抱かずにはいられない。
「創造」とは、いきなり雷ように閃くものでもないとは思うのだけれど、筒井康隆にはこの推測は当てはまらないように思えてくる。
スラリと読めた作品
妻四態
イチゴの日
偽魔王
文章を読み、場面を想像すると非常に気分が悪くなる描写が見受けられる。
セクシャル的なもの、スカトロ系なもの、スプラッター系なもの。
何でもやりたい放題の描写であり、その描写が事実かのように冷静且つ客観的に筆を進める才能につくづく感嘆させらている。
そして、筒井康隆が如何に多数の本を読み、そこからヒントを得てオリジナルな発想をしていることに尊敬の念を抱かずにはいられない。
「創造」とは、いきなり雷ように閃くものでもないとは思うのだけれど、筒井康隆にはこの推測は当てはまらないように思えてくる。
スラリと読めた作品
妻四態
イチゴの日
偽魔王
2013年5月10日金曜日
私のグランパ
筒井康隆もの、連チャン。
「銀齢の果て」とは真逆の方向のこの作品を手に取ったのは、銀齢の描写が生々しく、辟易する面があったから。
サーロインステーキを食べた翌日にはあっさりとしたざるそばを食べたくなるのと同じ。
5~6年前にNHK-BSでオンエアされた映画を観た。
手元にあるカバーはその映画のときのカバーで、右側の画像とは異なる。
グランパが菅原文太で孫娘が石原さとみ。
期待を薄くして観ていたのだが、両人の演技がピタリとハマっていて、チャンネルを変えることなく観賞した。
その他のキャスティングが全く記憶にないから、よほどこの2人の演技に心を奪われたんだなぁ、と。
あれから、菅原文太は俳優を引退すると言ってしまったし、石原さとみは少女から蝶のように「大人の女性」になっている(インシテミルのときの彼女のあんよは、あんよフェチの私を魅了したのだ)
本の内容と映画の内容はほぼ同じの様子(映画の内容をWikipediaで調べた)
厚さはさほどでもなく、スラスラと読める。
ジュブナイルものというものの定義が明確に定まっているようではないので、なんとも言い兼ねるけれど、性に目覚めた頃、社会との関係を模索する頃、大人の世界を垣間見たい頃、そんな世代が読めば、色々と気づきもあることだろう。
核家族が当たり前の現代では、おじいちゃん、おばあちゃんと同居しているほうが珍しいし、おじいちゃんの生き様を目の前で見ることが出来た珠子は幸せだ。
グランパはある日突然やってきて、ある日突然いなくなってしまう。
そのあたりが、現実離れしているのだけれど、この本はファンタジーものだと私は考えているから、寧ろこういうありえないグランパの設定がとても心地よかった。
「銀齢の果て」とは真逆の方向のこの作品を手に取ったのは、銀齢の描写が生々しく、辟易する面があったから。
サーロインステーキを食べた翌日にはあっさりとしたざるそばを食べたくなるのと同じ。
5~6年前にNHK-BSでオンエアされた映画を観た。
手元にあるカバーはその映画のときのカバーで、右側の画像とは異なる。
グランパが菅原文太で孫娘が石原さとみ。
期待を薄くして観ていたのだが、両人の演技がピタリとハマっていて、チャンネルを変えることなく観賞した。
その他のキャスティングが全く記憶にないから、よほどこの2人の演技に心を奪われたんだなぁ、と。
あれから、菅原文太は俳優を引退すると言ってしまったし、石原さとみは少女から蝶のように「大人の女性」になっている(インシテミルのときの彼女のあんよは、あんよフェチの私を魅了したのだ)
本の内容と映画の内容はほぼ同じの様子(映画の内容をWikipediaで調べた)
厚さはさほどでもなく、スラスラと読める。
ジュブナイルものというものの定義が明確に定まっているようではないので、なんとも言い兼ねるけれど、性に目覚めた頃、社会との関係を模索する頃、大人の世界を垣間見たい頃、そんな世代が読めば、色々と気づきもあることだろう。
核家族が当たり前の現代では、おじいちゃん、おばあちゃんと同居しているほうが珍しいし、おじいちゃんの生き様を目の前で見ることが出来た珠子は幸せだ。
グランパはある日突然やってきて、ある日突然いなくなってしまう。
そのあたりが、現実離れしているのだけれど、この本はファンタジーものだと私は考えているから、寧ろこういうありえないグランパの設定がとても心地よかった。
2013年5月6日月曜日
銀齢の果て
片や「カルテット」という「老人の未来は明るい」なる物語を鑑賞しておきながら、「老人に未来はない」なる物語を読み進めた。
意図したことではなく、偶然。
少年の頃に強烈に印象に残った「ブラックジャック」(手塚治虫)の言葉に
「様々な病が発生して手の施しようがなくても尚、俺は治療をしていくんだ」というような感じの言葉を独白するくだりがある。
この本を読んでいて、上記のような、ブラックジャックで読んだ色んな言葉が頭を過ぎった。
20世紀は医療が飛躍的に発達した世紀
それにより大きく平均寿命は伸び、先進国は恩恵に預かっている
反面、老人の面倒を見るためには国家の負担、企業の負担、コミュニティの負担、個人の負担が大きくなっていく一方だ。
私が入社したときの厚生年金や厚生年金基金の制度はこの20年間で財政が傾き、現時点の福利厚生は恐ろしく低減した内容になっているし、私が還暦を迎えて、引退するときには更に低水準になる可能性は否定できないところだ。
ならば、思う。
彼ら彼女らがいなくなってくれさえすれば、私(現役世代)の福祉は確実に上昇するんだ、と。
私(現役世代)の負担は確実に下降するんだ、と。
その空想をかほどまでに過激な内容で執筆され、満ち足りてしまう。
恐ろしく自己中心で冷酷な自分が、そこに確かに存在している。
この本に登場する老人たちの体力の若いこと、若いこと。
フィクションとはいえ、主人公なんて超人的な体力の持ち主である。
近所の老女4人組が、元女優邸宅に襲撃するくだりなんてのも、最早現役世代の女性ですら無理だろうと言えるような動きである。
そこが、筒井康隆のギャグ、スラップスティックだし、ツッコミを入れてはいけないところだ。
翻って言えることは、70歳を過ぎても尚元気で聡明で、そして生に執着したい人だって沢山存在していくことになる未来に私たちが着手すべきことは何?と問われかけている。
(のだと思うが、当の筒井さんはそんなことはどーでもいいと笑い飛ばすのやもしれない)
実写は役者さんの負担が多大だから諦めるけど、アニメ化してくれんかなぁ、とか思う。
危険極まりないから深夜枠かコアなCSチャンネルあたりしかオンエアの可能性ないけれど。
意図したことではなく、偶然。
少年の頃に強烈に印象に残った「ブラックジャック」(手塚治虫)の言葉に
「様々な病が発生して手の施しようがなくても尚、俺は治療をしていくんだ」というような感じの言葉を独白するくだりがある。
この本を読んでいて、上記のような、ブラックジャックで読んだ色んな言葉が頭を過ぎった。
20世紀は医療が飛躍的に発達した世紀
それにより大きく平均寿命は伸び、先進国は恩恵に預かっている
反面、老人の面倒を見るためには国家の負担、企業の負担、コミュニティの負担、個人の負担が大きくなっていく一方だ。
私が入社したときの厚生年金や厚生年金基金の制度はこの20年間で財政が傾き、現時点の福利厚生は恐ろしく低減した内容になっているし、私が還暦を迎えて、引退するときには更に低水準になる可能性は否定できないところだ。
ならば、思う。
彼ら彼女らがいなくなってくれさえすれば、私(現役世代)の福祉は確実に上昇するんだ、と。
私(現役世代)の負担は確実に下降するんだ、と。
その空想をかほどまでに過激な内容で執筆され、満ち足りてしまう。
恐ろしく自己中心で冷酷な自分が、そこに確かに存在している。
この本に登場する老人たちの体力の若いこと、若いこと。
フィクションとはいえ、主人公なんて超人的な体力の持ち主である。
近所の老女4人組が、元女優邸宅に襲撃するくだりなんてのも、最早現役世代の女性ですら無理だろうと言えるような動きである。
そこが、筒井康隆のギャグ、スラップスティックだし、ツッコミを入れてはいけないところだ。
翻って言えることは、70歳を過ぎても尚元気で聡明で、そして生に執着したい人だって沢山存在していくことになる未来に私たちが着手すべきことは何?と問われかけている。
(のだと思うが、当の筒井さんはそんなことはどーでもいいと笑い飛ばすのやもしれない)
実写は役者さんの負担が多大だから諦めるけど、アニメ化してくれんかなぁ、とか思う。
危険極まりないから深夜枠かコアなCSチャンネルあたりしかオンエアの可能性ないけれど。
2013年1月23日水曜日
最後の喫煙者
筒井康隆には四半世紀前の大学生の頃、まるで熱病に罹患したかのごとく読み漁ったことがある。
20歳台、30歳台にはこの「エログロ」「ナンセンス」溢れる筒井ワールドとは距離を置き、時代小説・歴史小説方面に親しんでいた。
40歳台を迎える頃から再び筒井ワールドへ帰ってきた。
とはいえ、1年か2年に1冊程度のものではあるのだけれど。
大学生の頃に親しんだ本は全て転居の際に同居していた弟に任せたまま(だからきっと処分されているだろう)
…で、今我が本棚を眺めれば5冊ほど鎮座している。
この「最後の喫煙者」で6冊目だし、もう1冊購入したので7冊目となる、自分が感じているよりも筒井作品を読んでいる勘定になるのに些か驚く。
今になって思う。
10台後半に筒井康隆を読んだことは、今の私の人格形成に少なからず影響を及ぼしているんだろうな、ということ。
それまでの私は「性」の話題はタブーとして振舞ってきたのだけれど、筒井康隆が書くSF・パロディの半分ほどは「性」を扱った作品だ。
そんな作品を読み耽った結果として「所詮、どんなにかっこつけていたってオトコもオンナもヤることしか考えてねえんだよぉ」という考えに至った。
だからといって性犯罪者にまで至っていませんよ。
つまり、人間も生物である以上、生殖に関しては無縁でいられるはずもなく、生殖とは神聖な行為であるということをストレイトに気づかされた。
この短編集の中でも「問題外科」は「エロ」と「グロ」が混在していて気持ち悪い。
読み進めるのも億劫になるくらいのグロさがあり、そのグロの先にエロがある。
生殖と死を隣合せに描かれるのは気持ち悪い。
「ヤマザキ」と「万延元年のラグビー」
歴史を題材とした嘘物語、正攻法で攻めてこられていると思いきや(いや、実は思ってないんだけれど)思わぬところから背負い投げを食らわせられた。
中川清秀へ電話をする秀吉、新幹線で天王山へ向かう秀吉。
桜田門外の変の実行動機が近江牛が食べられなくなったからとする。
こういった「嘘」は思いつこうとしても思いつかないし、凡才にはおよそ思い至らない発想だ。
筒井康隆、恐るべき天才だとつくづく感じ入る。
「喪失の日」
チェリーボーイ必読のドタバタコメディ
既にチェリーボーイ卒業して四半世紀を経た私には、自分もこういった「落ち着きのない時間を過ごしていたよなぁ」と喪失した当時の自分の心の有り様などを懐かしく思い返した次第だ。
【収録作品】
急流
問題外科
最後の喫煙者
老境のターザン
こぶ天才
ヤマザキ
喪失の日
平行世界
万延元年のラグビー
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